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テンソルの成分

 この章で扱う便利ツール、テンソルについて簡単に紹介しましょう。いずれ本格的な定義もやります。ベクトルは基底ベクトルを1つ決めるとその成分が1つ定まります。これを1階テンソルといいます。例えばベクトル \[\vec{x}=x_1\boldsymbol{e}_1+\cdots x_n\boldsymbol{e}_n=\sum_{i=1}^nx_i\boldsymbol{e}_i\] の\(\boldsymbol{e}_i\)方向の成分は\(x_i\)です。 ベクトルは、座標軸の方向または基底ベクトル\(\boldsymbol{e}_i\)の方向を添え字とする1階テンソルです。行列 \[\begin{pmatrix}A_{11}&\cdots& A_{1n}\\ \vdots&\ddots&\vdots\\ A_{n1}&\cdots&A_{nn}\end{pmatrix}\] は行の添え字、列の添え字を決めると数\(A_{ij}\)が定まり、2つの添え字があるので2階テンソルとみなせます。2次元空間の3階テンソルの成分は、\(2^3\)個あります。3階テンソルは添え字を3つ決めると成分が1つ定まるので、 \[\begin{matrix}A_{111}&A_{121}\\A_{121}&A_{122}\\ A_{211}&A_{221}\\A_{221}&A_{222}\end{matrix}\] 行列が平面の配列であったのに対して、3階テンソルは、3次元の配列をイメージするとよいでしょう。一般に\(n\)次元空間の\(k\)階テンソルの成分は、\(n^k\)個あります。\(k\)階テンソルの成分は \[A_{ijkl\cdots}\] とすると添え字が足りなくなってしまうので、 \[A_{i_1\cdots i_k}\] のように表します。\(i_1,i_2,\cdots ,i_{k-1},i_k\)は\(k\)個の添え字でそれぞれ別々のものです。

縮約記法

 これからたくさん総和記号\(\sum\)を使います。そのため総和の記号に関する記法を紹介します。(縮約記法は使わない方針でいきます。)例えば\(n\times n\)行列\(A\)、ベクトル\(\vec{x},\vec{y}\)について以下の等式が成り立っていたとします。 \[\begin{pmatrix}y^1\\\vdots\\y^n\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}A^1_{\ 1}x^1+\cdots+A^1_{\ n}x^n\\ \vdots\\ A^n_{\ 1}x^1+\cdots+A^n_{\ n}x^n\end{pmatrix}\] \(\vec{y}\)の任意の\(j\)番目の成分は \[y^j=\sum_{i=1}^nA^j_{\ i}x^i\] と表すことができます。添え字\(j\)が2回登場していて、\(1\)から\(n\)までの和を取ることが分かっている場合 \[y^j=A^j_{\ i}x^i\] 総和記号を省略できることとします。更に\(n\times n\)行列\(B\)とベクトル\(\vec{z}\)について、 \[\vec{z}=B\vec{y}\] という等式が成り立っていた場合、ある\(\vec{z}\)の成分は、 \[z^k=\sum_{j=1}^nB^k_{\ j}y^j\] と表すことができますね。これを\(x^i\)を用いて表せば、 \[z^k=\sum_{j=1}^n\sum_{i=1}^nB^k_{\ j}A^j_{\ i}x^i\] 式中に\(i,j\)が2回登場していて、総和を取ることが分かっていれば、 \[z^k=B^k_{\ j}A^j_{\ i}x^i\] と表すこととします。行列積\(BA\)の\(i\)行\(k\)列の成分\((BA)_{ik}\)は \[(BA)_{ik}=B^k_{\ j}A^j_{\ i}\] と表せます。あまり難しく考える必要はありません。数字同士の積\(a\times b\)を多用するときそれを省略して、\(ab\)と書くのと同じようなものです。

ダミーの添え字

総和 \[\sum_{i=1}^na_ib_i,\ \sum_{\mu=1}^na_\mu b_\mu\] はどちらも \[a_ib_i=a_1b_1+a_2b_2+\cdots+a_nb_n\] \[a_\mu b_\mu=a_1b_1+a_2b_2+\cdots+a_nb_n\] なので、 \[a_ib_i=a_\mu b_\mu\] 総和の添え字は付け替えることができます。このような添え字をダミーの添え字といいます。

交代テンソル

 交代テンソル\(T\)は任意の2つの添え字の交換に対して符号が逆になるテンソルのことを言います。例えば \[\begin{matrix}T_{11}=0&T_{12}=-3\\ T_{21}=3&T_{22}=0\end{matrix}\] は \[T_{ij}=-T_{ji}\] なので、交代テンソルです。一般の\(n\)階テンソル \[T_{i_1\cdots i_\alpha \cdots i_\beta\cdots i_n}\] について、任意の2つの添え字\(i_\alpha\)と\(i_\beta\)の交換について、 \[T_{i_1\cdots i_\alpha \cdots i_\beta\cdots i_n}=-T_{i_1\cdots i_\beta \cdots i_\alpha\cdots i_n}\] となるテンソルが交代テンソルです。交代テンソルの恐るべき性質として共通する添え字があれば0となるという性質があります。交代テンソル\(T\)の添え字に\(i_\alpha\)が2つ含まれる場合この2つの添え字を交換して、 \[T_{i_1\cdots i_\alpha \cdots i_\alpha\cdots i_n}=-T_{i_1\cdots i_\alpha \cdots i_\alpha\cdots i_n}\] 左辺に移行して、 \[2T_{i_1\cdots i_\alpha \cdots i_\alpha\cdots i_n}=0\] 以上より \[T_{i_1\cdots i_\alpha \cdots i_\alpha\cdots i_n}=0\] これは交代テンソルの非常に強力な性質です。交代テンソルは完全反対象テンソルとも言います。少なくとも2つの添え字について反対称性があれば、反対称テンソルです。

完全対称テンソル

\[T_{i_1\cdots i_\alpha \cdots i_\beta\cdots i_n}=T_{i_1\cdots i_\beta \cdots i_\alpha\cdots i_n}\] 任意の2つの添え字の交換で値を変えないテンソルを完全対象テンソルといいます。少なくとも特定の2つの添え字について対称性があれば、対象テンソルとなります。

一般化デルタの定義

 一般化デルタ \[\delta^{i_1\cdots i_n}_{j_1\cdots j_n}\] という\(2n\)階テンソルを以下の3つのルールで定めます。
(i) 上付き添え字に関して、\(n\)階の交代テンソルである。
   (共通する添え字があれば0)
(ii) 下付き添え字に関して、\(n\)階の交代テンソルである。
   (共通する添え字があれば0)
(iii) 上下の添え字が等しければ1、並び替え不可能なら0
この章で最重要概念なので、しっかり習得しましょう。
(例題1) \(\delta^{1256}_{6125}\)を求めてみよう。ルール(ii)により下付き添え字の\(5,6\)を交換します。交代性があるので、 \[\delta^{1256}_{6125}=-\delta^{1256}_{5126}\] もう1度ルール(ii)を使い、下付き添え字の\(5,2\)を交換 \[\delta^{1256}_{6125}=\delta^{1256}_{2156}\] 更にルール(ii)を使って\(1,2\)を交換 \[\delta^{1256}_{6125}=-\delta^{1256}_{1256}=-1\] 最後はルール(iii)上下が等しければ1を使いました。交代性から添え字の交換の度に符号が逆になります。そのため、 \[\delta^{i_1\cdots i_n}_{j_1\cdots j_n}=\begin{cases}1&j_1\cdots j_nはi_1\cdots i_nの偶置換\\-1&j_1\cdots j_nはi_1\cdots i_nの奇置換\\ 0&それ以外\end{cases}\] が成り立ちます。偶置換とは、偶数回の添え字の交換のことで、奇置換は奇数回の添え字の交換です。
(例題2) \(\delta^{255}_{246}\)を求めてみよう。ルール(O)より上付き添え字に共通する添え字\(5,5\)があるので、 \[\delta^{255}_{246}=0\] となります。
(例題3) 以下の等式を示そう。 \[\delta^{1234}_{ijkl}=(-1)^{4-1}\delta^{4123}_{ijkl}\] 上付き添え字の\(4\)を左隣りの添え字と交換して一番左まで持っていきます。 \[\delta^{1234}_{ijkl}=(-1)\delta^{1243}_{ijkl}=(-1)^2\delta^{1423}_{ijkl}=(-1)^3\delta^{4123}_{ijkl}\] 一般に、\(k\)番目の添え字を一番左に持ってくると、 \[\delta^{12\cdots k}_{i_1\cdots i_k}=(-1)^{k-1}\delta^{12\cdots k}_{i_ki_1\cdots i_{k-1}}\] となります。
(例題4) 以下の等式を示そう。 \[\delta^{1234}_{ij34}=\delta^{12}_{ij}\] 左辺の添え字\(ij\)が\(12\)の偶置換であるか、奇置換であるか、それ以外かで一般デルタの値が決まるので、\(34\)は上下で一致しているので、置換の回数に影響しません。約分のように消して大丈夫です。
 ここまで扱えれば十分かと思います。
一般デルタは\(2n\)階テンソルですが、特に\(n=1\)の場合 \[\delta^{i}_{\ j}=\begin{cases}1&i=j\\0&i\neq j\end{cases}\] をクロネッカーのデルタといいます。